サロン海峡

青函連絡船をテーマにした掲示板です(設置:語りつぐ青函連絡船の会)

語りつぐ青函連絡船の会 青函連絡船記念館摩周丸


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[1873] いいですね-2 投稿者:かめじ 投稿日:2016/01/13(Wed) 11:38  

大変ご無沙汰です。では少し戻りますが、特91の32の焼の甘い図面は、鉄塔と對重運搬用鍵関係や誘導金具の詳細もあります。鉄塔埋め込み部材は四面共同一部材とするとの特記が読めます。五箇所の赤鉛筆によるバツ印現場削除が有り對重ガイド断面図には90の90の13山形切取との記入が有ります。現場で山形鋼をTバーのように加工したんでしょうか。昭和二八年四月一日作業部受領印の図面は以上です。さて特144の其の3です。左側に軌条受Cの陸側と海側の詳細を配しその下に鋳鋼座鉄所要数と填材の詳細および配置図が書かれております。軌条受けのCP陸側は山形縁180に削成との注意書きがあります。鋳鋼座鉄数量は括弧内が4から2にその他が2から4へ例によって手書き赤鉛筆で変更となっています。填材は6ミリ8ミリ9ミリ長さ200の鋼鈑を端部左右40のところに19.5の円孔となっております。板厚9ミリは外側桁エプロン根本陸側に6ミリは同海側に8ミリは外側桁エプロン先端に使用となっております。また座鉄の軌条37キロに接する部分のシビアな詳細図が書かれております。次にエプロン受桁端部変更図とガイドローラー軸受変更図です。ガイドプレート位置の注意書きは以下の通りです。1.ガイドプレートの取り付け位置は前部鉄塔中心線対する寸法括弧90,130括弧とじに注意すること。2.ガイドプレート間の距離括弧対側壁括弧とじ11384は正確なること。3.ガイドプレート取り付けの際垂直且つ凹凸なき様施工のこと。右側にはエプロン桁保守用梯子が有り原寸図の都合により僅少の変更はできる。所要数2組となっている。その下にエプロン最外側桁の断面図が挿入されているがAT5梁の丸棒16径は長さ600に対し70短くしている。右下に前部鉄塔梯子長さ変更図が書かれ数量変更減が明記されている。綱車受桁はガイドレールをしない為吊具に要する材料は不要の為材料表より削除する。括弧図面省略とく−144材料表其の1参照の事括弧とじとなっている。また前部對重変更1.B1片側4個を減少する。括弧材料費用其の1参照括弧とじとなっている。この図面は変更図として重要な気がします。乱文失礼


[1872] 哀悼 投稿者:山下 信彦 投稿日:2015/09/26(Sat) 18:08  

今から61年前の1954年9月26日
五隻の青函連絡船が沈没して1430名もの人々が亡くなわれた日ですね

改めて哀悼の意を表します


[1871] いいですね−1 投稿者:かめじ 投稿日:2015/08/24(Mon) 22:52  

図面番号とく−144の2です。設計図とく−91と書かれ設図大野主査宮崎様のサインが見えます。日本国有鐵道施設局となっております。年月日は記入ありません。青函連絡可動橋括弧函館第二岸括弧とじ、改造設計図です。前にも出てきたようですが、少し感じが違うような気がします。裏に受領丸ゴム印があります。昭和28年4月1日東京都江東区南砂町何とかの六二四と読めるようです。そして松尾橋梁株式會社東京工場その下にダイヤにMのマークが書かれております。また赤字で、函館第二岸3239や1619その下に1620と殴り書きがありますが、これはなんでしょうか。では、表面です。エプロン桁四本詳細伏図を上半分に書き、その下半分中段に左から、エプロン上軌条を次にエプロン根本軌条受括弧鋳造括弧とじ変更を書き、更にエプロン桁先端中央支材変更そして上横綾材端部変更を書いております。図面下半分に順次左から書かれている物は下記の通りです。座金AタイプBタイプ次に捻込ボルトそして間隔材及ボルト変更更に8図−4仕上げボルト本図の如く変更を最後に10図仕上げボルト本図の如く変更が書かれております。この変更図面に対し、赤鉛筆や黒ペンで補足や変更が加えられております。では、まず図面上半分から参りましょう。支間12048についての注記は、以下の通りです。エプロン根本軌条受けボルト孔の位置片側変更し間隔材の変更に伴う鋳鋼座鉄の寸法変更。内側はボルト孔位置現設計に仝じA座金を新造す。山形添接部のボルトは22の120を2本使用。中間部は外側12座金22の105ボルト、内側11座金を使用し、特殊軌条受手ヶ所を除く。支間12000についての注記も同じですが、一点、先端部のボルト4ヶ所について、横綾構支材組立の前に現場に於て挿入しておくこととの特注記があります。黒ペンでイロハニホヘトの記号がふられており、赤鉛筆で84たす42は126の正しい計算や88また48の怪しい数字か書かれております。また桁の先端中心間隔2020であり陸側927ですが、向かい合わせ矢印が陸側に書かれております。これは何でしょうか。927を何かの事情で圧縮したのでしょうか。いずれにしても軌条巾に影響する事ではありません。では、失礼します。


[1870] 花火大会情報への苦情 投稿者:サロン海峡さん嫌い 投稿日:2015/07/19(Sun) 20:07  

古い情報は削除して下さい。
7月19日の花火大会は20になりました。との情報を信じて、子供は明日を楽しみにしていたら、花火の音が聞こえてきました。
今日の情報と思ったら過去の情報だったのですね。
7月19日函館イベントで検索して、トップに延期と表示されるのはいかがなものでしょうか?


[1869] 静ですね11−3 投稿者:カメじ 投稿日:2015/07/11(Sat) 17:01  

ご無沙汰です。さてZA7.8図の機械室の幅員ですが、中間の2スパン2325ミリは変更せずに、左右の1スパン1046ミリを各々1091,2へ設計変更したようです。ガセット鋼板は全て9ミリを使用し、横材や斜材の等辺アングルは9の75を適宜長くしております。昭和28年頃の話ですから、材料のやり繰りは大変だったでしょう。この機械室の有効室内高は、993.2足す914.4ミリ以下でよろしいかと思います。やっと残りの図面は5枚となりました。とく114の3、とく144の5、とく144の9、とく144軌条受け詳細図、とく144軌条受です。とく91の32に書かれた特記事項は、とく114の3参照ということでした。その意味がやっとわかるかもしれません。とく91の32の焼きの甘い図面に全面青ペン記入の意味は、再作図の手間を惜しんだだけかもしれません。では、失礼します。


[1868] 摩周丸就航50年記念会の開催おめでとうございます 投稿者:元十和田丸船長 投稿日:2015/06/30(Tue) 11:41  

摩周丸就航50年という節目に記念行事の開催おめでとうございます。

これも館長さんはじめスタッフの方々のご尽力と、青函連絡船ファンの皆さんの応援、そして函館市民の皆様のご理解と、ご支援があってのものと敬意を表します。

一口に50年と言っても半世紀、これだけの年月にわたり、継続するのは大変なことと改めて実感します。

私も青函連絡船で働き、昭和63年3月13日に十和田丸最後の乗組船長(A組)(青函博の暫定運航を除く)として任務を終えましたのが、いろいろな思い出が昨日のように浮かんできます。せっかくご案内をいただきながら出席できずすみません。

摩周丸の乗組員として乗ることは無かったですが、代務ではよく乗務した経験があります。大変足の速い軽快な感じで、7隻の客船の中でも、大雪丸と共に速力が速い印象が強かったです。平成3年の開業の準備でも、少しお手伝いをしました。

3年ほど前に羊蹄丸が四国の新居浜から多度津で最後を迎えた時にボランティアで関わる事がありました。

今は青森の八甲田丸と共に2隻しか残っていないので、青函航路の歴史としても、ぜひご健闘と皆様のご健勝をお祈りして、お祝いの言葉といたします。


[1867] 無題 投稿者:5satins 投稿日:2015/06/09(Tue) 19:20  

函館市青函連絡船記念館摩周丸 御中

初めてメールいたします。
実は昭和53年に2度目の北海道旅行に出かけ、行きには「松前丸」に乗船しその帰りには
昭和53年(1978)8月9日19:50に函館から青函連絡船に乗船したのですがその船名を記録していませんでした。

その前日倶知安からその後妻となる女性と列車で乗り合わせ偶然宿泊先のYHも一緒となり、翌日は一緒に大沼公園・函館と観光をした後乗船した思い出の船なのです。

出来ればその連絡船の船名を知りたいのですがなにか方法が無いか教えていただきたいのです。

お忙しい中申し訳ありませんがよろしくお願い致します。



[1866] お礼申し上げます 投稿者:BOXマウンテン 投稿日:2015/05/13(Wed) 13:20  

5月10日の午後に夫婦2人で見学に伺いました。
他には見学者はおらず、ほぼ貸切状態で佐藤副館長さんにすごく丁寧に色々教えて頂きました。
千葉出身で若輩者の私は、青函連絡船の現役時代を知らない世代ですが、佐藤副館長さんに沢山お話を伺って、そこには沢山の人間ドラマがあったんだなぁ〜と凄く感動しました。
飛行機の便数が増え、北海道新幹線が開通すれば益々便利になっていく世の中ですが、この摩周丸の時代があったからこそ、
今の私達の便利さや、安全が守られている事を知りました。
そして、語り継ぐ事の大切さを感じています。
佐藤副館長さん、本当にありがとうございました。
また近いうちに必ず見学に伺います。お体に気をつけてお過ごし下さい。



[1865] 静ですね−11−2 投稿者:カメじ 投稿日:2015/04/27(Mon) 22:35  

さて、ZA7.8図ですが、左下に表があります。照号1として順に右へ名称歯車軸とし、更に材料SF54とし、一台分所要数1と書かれております。次に重量空白更に総重量空白となり、記事としてキーSS41と括弧書きされております。その下の照号2は、名称欄に何やら記号があり、一台分所要数1となっております。照号3は、名称欄に機械室拡張とのみ書かれております。これは、未完の表でしょうか。右下段に註として以下の文言が辛うじて読めます。機械室拡張に当たっては現場の都合上取付その他に多少の変更あるも差支へない ガラス窓は再利用し他1箇所は新設とする 新側壁何とかの鉄板24何とかは何とかし 取外せし何とか鋼の1部使用も差支なし と此処までは、何とか読めます。要するに適当に再利用して良しということでしょう。しかし、このままでは記録がないので、何をどこへ再利用したのか解りませんが、なに、どこかに纏めてあるのでしょうから心配要りません。右4分の3を使って機械室の側面図が2つ書かれております。此によると幅員4508.4と青書き修正され、巾1232の機械室の図のようですが、片側だけと言う赤書きがあります。青焼き図に青ペンであちこち寸法を訂正書きしております。元の数字が解るように見え消ししていただくと、大変よろしかったのですが、読めません。次回明るいところで埃を払いつつ、再度読んでみましょう。また梁や斜材に種々多数の部材記号が書かれております。この図面は現場組み立て用の記号図に使用したのかもしれません。現場熔接の文字も見えます。では、この辺で失礼します。


[1863] 静ですね−11−1 投稿者:カメじ 投稿日:2015/04/12(Sun) 20:08  

タイトルは、青函局施設課長付機械昭和28年1月青函第2可動橋主鉄塔傾斜補整64分の1縮尺ZAー7.12です。原図のセロテープの修理の後も悲しく写った、青色が濃すぎる図面です。きっと痛んだ補修第2原紙から焼いた現場用でしょう。左上に伏図があり、その下に側面図が、右上に簡単な傾斜補整数値入り底面略図を左右二箇所記入し、その下に基礎底部までの側面略図を配しております。摘要は、以下の5項目と米印1項目です。ひとつ底鈑は中央部を切断しリブを熔接する。ひとつ基礎コンクリートは、深さ300巾2500の2500MパーM打替のこと。ひとつ底鈑上に高150MパーM勾配30分の1にモルタルを塗布する。ひとつ側鈑当金は内側より電接する。ひとつガイドプレートの曲り直しを行う。米印は基礎コンクリートを毀すことなく上下継目にて危険無く補整するときはリブの必要はない。以上が摘要です。しかし米印項目は、時代を反映しているようです。現代の発注者は、解体に際して危険性を多少でも想定すれば、必ずリブ補強を義務づけるんじゃないでしょうか。安全性を施工者判断としたら、手間やお金かけてやりたくないが、どうしても先に立つでしょう。ところで、左上の平面図は、赤のばつ印で消されております。どうしたんでしょうか。その下の側面図にある山形鋼斜材は、中心線に向かって45度で下方向に収斂しますが、二本ともA3との青ペン記号書きがあります。また赤鉛筆で、1本だけ、材料は200その7と書かれております。もしかすると転用材かもしれません。脇に8本との赤字も見えます。転用材で補強したのでしょうか。さて、傾斜補整ですが、全体側面図では、GLを1910とし、左主鉄塔はゼロで、右主塔はプラス60上げなさいです。左右塔間隔は芯芯で13285となっております。塔伏図では左主塔は図上方向へ75右図方向へ68の補整であり、右主塔は図下方向へ32図右方向へ101の補整となっております。以上がZAの7及び2の概略ですが、本図は個人タイトル通り、単に脚部のベースプレート罫書き用に使用されたと思われます。次回はZAの7と8青函局施設部工事課機械昭和28年6月函館第2岸壁可動橋改築主巻減速歯車軸並機械室拡張です。縮尺2分の1と20分の1で書かれ設計井上様も読めますが、いちにを争う汚れた資料です。きっと現場で、大変なご苦労をされた結果ではないでしょうか。では失礼いたします。


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